Story 004
東京都国立市 H邸
いつでも心ゆくまでピアノが弾ける  音楽と暮らす家の物語

緑豊かな国立の地に建てたのは、2人の子どもたちが思う存分にピアノを弾ける家。

真ん中にピアノを据えた家づくり。

 

 

伸びやかな空気に思わず深呼吸したくなるような国立の街。大通りの街路樹は豊かな緑を茂らせ、走る車のスピードも歩く人の足どりも、都心に比べるとどこかゆるやかです。そんな国立の住宅街に、スモーキーな紺色のガルバリウムの外壁にきらりと輝く山吹色のポストが目を引く家があります。

取材に訪れたこの日、家の前に施主のHさんご夫妻と設計を担当した明野設計室の明野岳司さん・美佐子さんご夫妻が並び、うれしそうに家を眺めていました。シマトネリコが緑の葉を風にやさしく揺らしています。

 

Hさんのご自宅が落成したのは約1年前。音楽を学ぶ2人のお子さんが時間の制約なくピアノ練習ができるようにと、ピアノ室を備えた戸建てを建てることを決めたといいます。ピアノ室は1階の土間の玄関隣にありました。グランドピアノが一台、くつろいだ表情で収まっています。

「以前はマンションだったので、ピアノを弾けるのは19時まで。今はいつでも弾けるようになって、ほんとにいい気持ちです(笑)」と奥様。2階にはゆるやかにカーブを描く勾配天井のリビングとダイニングキッチン、子ども室、テラス、そして赤い実をつけた隣家のザクロの木が望める窓。コンパクトながら、広がりを感じさせる居心地の良い空間です。

Hさんご家族の暮らしの中心@こどもたちのためのピアノ室

こどもたちの成長とともにあるピアノの音。

明野設計室さんが、家づくりの時に作ってくれたというかわいいお家の模型。

ザクロの木が見える窓辺に、大事にだいじに飾られています。

 

ピアノ室のための土地選び、そして理想の建築家との出会い

 

 

 以前は隣の市のマンションにお住まいだったHさんご一家。新しく家を建てると決めてから、散歩がてらネットで調べた売地を見に行くという生活が約半年ほど続きました。そこで出逢ったのが今の場所。南隣に旗竿地の路地が2本並び、隣家との距離があることが決め手となりました。これもピアノの音を考慮しての選択でした。


当初ご主人には建築家との家づくりの発想はなかったといいます。「予算も限られているし、まさか建築家に頼めると思ってもいませんでした」。そこで行動を起こしたのが奥様。「家を作るなんて一生に一度。とにかく後悔しないようにと思って」。どっさり買ってきた家づくりの本。付箋がついたページを見返していくと、ことごとく明野設計室による住宅でした。

 

白い壁、床や天井にめぐらされた木の柔らかな質感。よそ行きではなく、自分らしい普段着で心地よく日常を過ごせる住まい。

美佐子さんの「施主さんは、ハイヒールじゃなくて“素足にサンダル”という方が多いです(笑)」という言葉が、明野設計室の作る家の性格を物語ります。

「ひとめぼれでした。使っている素材や色、空間の使い方がしっくりきたんです。どうしてもどうしてもお願いしたいと思って、ほかの候補も何も考えませんでした。気取りのないお2人のプロフィール写真も大好きで…それもひとめぼれだったんです」と奥様が嬉しそうに当時を思い出します。

明野さんと出逢うきっかけとなった1冊の本。

このページに載っているのもまた、いつかお家でピアノ教室ができるように・・というお家でした。ピアノが結んだご縁ですね。

お家が建った後も続くHさんと明野設計室さんの絆。

後方 (左)建築家 明野岳司さん/(右)建築家 明野美佐子さん

前方 (左)Hさん 奥様/(右)ご主人

時間がかかっても妥協せず、長く住み続けられる家を作る

 

 

Hさん一家は、気にいったものを長く大切に使うタイプ。

 

 

「家も同じ。時間がかかってもいいから妥協せず、長く住み続けられる、私たち家族のための家を作りたかった」。

 


ところが、打ち合わせ初回の日は予算が折り合わず帰ってきたといいます。「建築に関わる費用のことが、全然わかってなかったんです。その予算ではちょっと難しいですねって話になりまして…」とご主人が苦笑い。ところが、その後明野さんから一緒にやってみましょうという連絡が! 

明野さんいわく「いい家にはいい施主が絶対必要。Hさんとなら作れると思いました。予算は何とかなるんじゃないかと(笑)」。

なんて、頼もしいお言葉。

 

いよいよHさん一家と明野設計室との家づくりが始まりました。始めに取り掛かったのは、驚くほど緻密な『設計アプローチシート』の作成。資金計画から家族のライフスタイルや趣味、持っている家具や家電の種類や寸法、浴室やトイレなど希望する設備まで、家族全員の全てを徹底的に書き込みました。それをもとに、月2回の打ち合わせのペースで約8カ月間の設計期間がスタート。「最初に工程表を見た時は8カ月もかかるんだと驚きましたが、始めてみたら楽しくて。あっという間でしたね」と感慨深げなご主人の言葉に明野さんも頷きます。

ゆーら、ゆら。ハンモックの寝心地の良さと言ったら、家族争奪戦になるほど!

取り入れて大・大・大正解!というハンモック。天井に直接取り付ける必要のあるアイテムは、賃貸ではなかなか難しい。

持ち家だからこそできる楽しみですね。

リビングの出窓は作業台としても大活躍。小どもたちの勉強スペースにもなります。誰かの気配を感じる空間の方が、頑張れるときもありますよね。

念願のピアノ室、回遊動線のとれるLDK、そして美しく機能的なキッチン

 

 

約半年の施工期間を経て、いよいよ落成。
念願のピアノ室は、コストとスペースの面から完全防音ではなく低防音での設計でしたが、隣家から最も遠く配置したことも功を奏し、十分な仕様となりました。「時間の制約なくピアノを弾けるメリットはもちろんですが、子どもは集中したいときにピアノ室に行くようです。ピアノを弾く場所と一人になれる場所として2つの意味がありました」。

 

2階は、リビングとダイニングの間に配置された階段室によって回遊動線のとれるレイアウト。「リビングに足を踏み入れることなくキッチンに行けるので、泊まりに来たお客さんにリビングを客間として使ってもらっていても、遊びに来た子どもの友達がリビングにいても、私はダイニングキッチンで作業できる。同じスペースにいるのに、不思議なくらいお互いが干渉せず気にならないんです」と奥様。この独創的な階段の位置は美佐子さんのアイデア。階段室の壁によってほどよく視線が遮られ、広々とした空間でありながらどこか収まり感のある居心地のよさが生まれました。

 


白とステンレスを基調にしたキッチンには、造作家具のキッチンカウンターと棚に電子レンジなどの家電からゴミ箱まで、全てが清々しく収納されています。「オープンキッチンなのに、収納しているものが外側からは一切見えません」。

 

南側の窓に沿ってテーブルがしつらえられ、左側を長男、右側を長女の作業スペースに。「子ども室は6畳を2つに分けたベッドと収納のみのスペースなので、勉強はリビングが定位置です」。そして、リビングの天井からは、娘さんのリクエストによるハンモック。「お休みの日はずっとハンモックの中に娘が入ってます(笑)」。壁は左官仕事による珪藻土。そのほかの壁もホタテの殻の粉を混ぜた塗装を使用するなど、室内にしっくりと温かなニュアンスを加えています。

玄関前のお花に水やりをするご主人を、ベランダから見守る奥様。

なんでも、家の中でよく目にするのは水やりをしたり、お部屋のお掃除をしたりするのご主人の姿なんだとか(笑)キレイ好きでマメなんだそうです。なんて羨ましい!

ちょっぴり小柄な奥様だって、戸棚の奥まで楽々手が届きます。キッチンの台も戸棚もほんのり低めに。

完全オーダーメイドの特権です。

1年住んで改めて、“この家の全てが好きでたまらない”

 

 

この家で1年暮らしてみてわかったのは、「家族全員、おうちが好きでたまらない」ということ。

 

居心地が良すぎて、外に出かける気にならないのだとか。「私たち家族のライフスタイルや希望をもとに設計していただいたので、驚くほど私たちにぴったりの家になりました。玄関の真上にあるキッチンに窓を付けることを提案してくださったので、子どもが帰ってきたらチャイムが鳴る前にすぐわかるし、主人が庭の手入れをしていても気配が伝わってくる。外も含めた一体感がすごくいいんです」と奥様。もっとこうしたかったと思うところはありますかと問うと、目を丸くして「ひとつも思いつきません」と即答してくれました。


この家に住まうようになって訪れたうれしい変化が2つ。

1つは、モノが増えなくなったこと。

 

 

「心が満たされたのか、物欲が無くなりました(笑)。それに、引っ越し前に持っているものを見直したら、いらないものばかり。これがあれば暮らしていけるというものだけを選び、そのほかはフリマで処分しました。物が少ないとストレスも少ないと気づいたのも収穫です」。

 

そして、もうひとつのうれしいことは、夜帰宅すると迎えてくれる我が家の灯り。

「家の前の通りは、夜になるととても暗いんです。でも、うちの窓だけふわっと明るく灯りがついていて。いつも、すてきだなって思うんです」。

 

 

-残暑の残る、秋のひととき。Hさん一家の暮らしの1ページ-

 

 

 

休日には家の前でBBQをしてみたり。

Hさんのお子さんが、小さかった頃描いた7色のピアノの絵が、丁寧に木のフレームに入って飾られていました。

あったかみのあるタッチと色使いが、Hさんご家族のお家の空気そのものでした。

Q&A -Hさんご家族へ5つの質問-

Q1:お家の中のお気に入りスポットはありますか?

ご主人「玄関です。土間にして、スペースも広めにしてもらったので荷物の出し入れも人の出入りも楽。自転車をかけるためのフックを壁に2台分つけて、子どもたちの自転車を飾っています。ゆくゆくは自分の自転車も、と思ってます。」


奥様:「だんぜんキッチンですね。カウンターの高さもわたしの背の高さに合わせてもらったので、とても使いやすいです。それにキッチンの真下がピアノ室なので、食事の支度をしながらピアノの生演奏が聴ける(笑)。ほんとに贅沢です。」

Q2:キッチンのお気に入りポイントを教えて下さい

奥様「ステンレスのカウンタートップにこだわって、最終的にサンワカンパニーのシステムキッチンを選びました。ここにたどり着くまでの道のりは大変でしたが、きれいで使いやすくて大満足。あとなんといっても、明野さんおすすめのダッチオーブンがすばらしい! 鉄の鍋をグリルに入れて調理するんですが、ピザも、ローストビーフも、肉じゃがも、石焼ビビンバもできます。低めに設置していただいた吊戸は、驚くほど出し入れしやすく、我が家の食器がすべて収まりました。アイランド型のキッチンカウンターの天板はタイルにしたので熱いお鍋なども置けて、とにかく万能。タイルの種類からシステムキッチンまで、美佐子さんに何度もショールームに付き合ってもらって…感謝しかありません。キッチンから眺める家の景色がすごく好きです。明るくて広々していて。ああ、きれいだな、気持ちいいなって思います。」

Q3:家づくりの中でも、特にこれはやってよかったなということはありますか?

ご夫妻「階段裏に作ってもらった書類棚。外からは全く見えない絶妙の場所です。最後の最後に「書類とミシンを収納するスペースが欲しい」と急遽お願いして作ってもらいました。美佐子さんをかなり慌てさせてしまいましたが(笑)、これがあるとないとでは大違い。とても便利です。あと、窓ガラスはLow-Eガラスという遮熱性のあるガラスにしました。夏涼しく冬暖かく過ごせています。」

Q4:施工された工務店について教えてください。

奥様「渡邊技さんという工務店に建てていただきました。職人さんたちの丁寧な仕事ぶりは感動ものでした。家を建てるだけじゃなくて、現場でどんどんアイデアもだしてくださって。電気屋さんも「コンセントはここにつけたほうが使いやすいよ」と提案してくれたり、水道屋さんも関わったみんなが仕事も丁寧で人柄もすばらしくて。この家はそういう人たち全員に作ってもらった「みんなのおうち」なんだなっていつも考えるんです。」

Q5:これから家づくりをする人にメッセージをお願いします

ご夫妻「相性のいい建築家を見つけられれば、もう家づくりは成功したも同然(笑)。住まいについては全くの素人なのに、専門家に自分たちのもやもやしたイメージを伝えるだけで家を作ってもらおうなんて申し訳ないって思ったんですが、とにかく飛び込んでみてください。家づくりは一生に何度もするものではありませんし、オーダーメイドの家の使いやすさや居心地の良さは、何にも代えがたいものだと日々実感しています。」

取材後記

誇らしげな表情でピアノ室に置かれていたグランドピアノ、家族の気配の伝わるLDK、どこをとっても美しく機能的なキッチン。この家は愛情をたっぷり注がれながら大切に作られたんだろうなと思わせるやさしい気配が、家のどこにいてもほんのりと伝わってきました。こんなやさしいおうちに守ってもらっていたら、確かにどこにもいきたくなくなっちゃうだろうなぁ。幸せのおすそ分けをいただいた気分になったひとときでした。(ライター:永井) 

 

お家に入る前、ガルバリウムのグレイの壁に山吹色の丸いアーチをえがくポストを見たとき。その時点で、わたしはこのお家の見た目の可愛らしさにすでにやられてしまいました。中は、もう案の定です(笑)Hさんは4人家族だけれど、もうこのお家は3人目の子どもなのかもしれない。家に命を宿すのもまた人間なんだなぁ、としみじみ感じることのできる住まいでした。Hさん、明野設計室さま、ありがとうございました。(編集:森本)