Story 007
神奈川県横浜市 F邸
北向きの部屋のイメージが変わった!北向きリビングが一番明るい家の物語

 

お家へと続くなだらかな上り坂をだんだんとあがると、「おかえり!」と両手を広げるように迎えてくれるF邸が

見えてきます。この佇まいから、F邸のストーリーは始まります。

「北の部屋は暗くて寒い」と思っていたけれど…



「このリビング、北向きなんですよ。普通は逆ですよね」


そう言って室内に導いてくれたFさん。案内されたリビングにはやわらかな光が満ち、明るさの中にも落ちついた雰囲気が漂います。北向きという言葉からイメージされる暗さとは無縁の空間。ピクチャーウィンドウから覗くシャクナゲの花や、デッキの向こうに見える公園の緑にも心ひかれます。

 

このプランの元になったのは敷地条件。街を見下ろす高台にあって、北側には眺望が広がり、南側は隣家がぎりぎりに建つと予想されました。そこで建築家の関本竜太さんから提案されたのが、あえて南側を閉じて北側に開くプラン。吹き抜けの上に大きなハイサイドライトを設け、そこからリビングに光を届けています。

 

2階に上がると、ハイサイドライトからの眺めはダイナミックの一言! 遠くの高速道路にはミニカーのような車が走り、ずっと見ていても飽きることがありません。Fさんも入居当時、朝焼けの景色の雄大さに打たれて、思わず写真を撮って関本さんに送ったことがあるそう。

 

「マンション暮らしが長かったので、北向きの部屋は暗くて寒い、南側の部屋はまぶしくて暑いと思い込んでいたんです。その先入観をくつがえしてくれたのがこの家。朝から夕方までさまざまな角度から光が入ってきて、まぶしさも暗さも、暑さも寒さもありません。私たちが言うのもおこがましいですが、見事な設計だと思いました」

 

画家のアトリエは北向きに作られると言われる通り、北から入る光にはやわらかなニュアンスがあり、1年や1日を通して安定しているのだそう。Fさんの新居ではそのメリットが一目瞭然。日本では“南向き信仰”が根強く、リビングは南向きが一般的ですが、北側の条件さえ生かせれば心地いい空間がつくれるという好例です。

 

隣家の迫る南側をあえて閉じ、眺めのいい北側を開放したことで家族やお客様を出迎えてくれるこの景色が実現

2Fの廊下から眺めるピクチャーウィンドウ。まるで幹線道路がプラレールの模型のように目を楽しませてくれます。朝・昼・晩と変わるここからの眺めは、毎日見ても飽きないのだとか。

住宅の設計を楽しそうに語る姿にひかれて依頼

子育ての環境を整えたくて家づくりを考えるようになったというFさん。最初は定番の住宅展示場巡りからスタートしたそうですが、「ただ漫然と回っているだけで、契約したいと思えるメーカーには出会えませんでした。そんななか、同じローンを組むなら注文住宅のほうがいいよねという話になり、妻が建築家をリストアップしはじめたんです」

 

リストをもとに数人の建築家と面談し、その中で依頼を決めたのが「リオタデザイン」の関本竜太さん。建物を紹介するTV番組で知り、実際に会ってみたところ、「とにかく建築が好き」なのがひしひしと伝わってきたといいます。

 

「住宅の構造のことから大工工事のことまで、生き生きと楽しそうに話してくださって。その初対面のときの印象がお願いする決め手になりました。関本さんのブログも読みあさって参考にしましたね。すごくこまめにアップされていて、建築費のことに触れていたり、アルヴァ・アアルトへの愛が伝わってきたり(笑)。私たちにとっても建築家さんはハードルの高い存在でしたが、ブログで人となりを知ることができて、少しずつ気持ちの距離が縮まっていきました」

 

 

おうちの中でもっとも明るいリビング。室内に住まう自分たちに向かってお花が咲いてくれるところも、北向きならではのメリット!

図面で見ると、ぴょこんと家から飛び出す2Fのお手洗い。これこそ、アルヴァ・アアルトの思想によるヒトサジのエッセンス。

「抽象画のような味わい深い家」と関本さん

そんな関本さんが評するFさんの家は「パッと見の派手さはないけれど、見れば見るほどに味わい深い、抽象画のような家」。その言葉通り、光の採り入れ方や空間の奥行き、視線の高さの変化などが緻密に計算され、住む人や訪れた人をさりげない心地よさが包み込んでくれます。

 

間接照明の効果もまるで絵画のよう。光源が直接見えないやわらかな光が、天井や壁、床に広がり、リビングや寝室のくつろぎ感を高めています。キッチンではオープンシェルフの棚板の裏側に照明が。ほのかな光を背景に、奥様がセレクトした食器や雑貨のシルエットが浮かび上がり、一枚の端正な絵のような印象を与えます。

 

「この家ができてから食器や雑貨が大好きになって、長く使えるものを選んで丁寧に使うようになりました。素敵な空間を作っていただいたことで、それに合わせて自分の感覚もブラッシュアップされた感じです」と奥様。住まいが変わることで、ものの感じ方や暮らし方も自然と変わっていく――毎日を過ごす家という容れ物”の影響力を感じさせるエピソードです。

やわらかい間接照明でひと際美しく映える、お気に入りの食器達。この匙加減に脱帽です。

夫婦二人でよく台所に立ちますというFご夫妻。背景の壁に少しだけ使用された濃紺の縦型タイルは、お手洗いや洗面・浴室にも同じ素材を使用することで、全体に統一感のある空間に。

一方的なリクエストより、対話の中から生まれる家が理想

「プランについてはどんな要望を出しましたか?」という質問に対しては、意外とも思える答えが返ってきました。

 

「実は具体的なリクエストはほとんどしていないんです。素人の私たちの意見が入ることで、完成した家がアンバランスになるのを避けたかったから。この建築家さんにお願いしたい!と決めたからには、その人の設計力やセンスを爆発させてほしい。トイレの数や納戸の棚の位置など、使い勝手にかかわる部分だけはリクエストしましたが、それ以外はすべて関本さんにおまかせしました」

 

おまかせとはいえ、提案されたプランがFさんの要望に沿っているとわかった瞬間も。完成間近の現場を訪れた際、奥様が内心「トイレの照明が暗いな」と思っていた矢先、関本さんから「トイレの照明、奥さんには暗いですよね。もっと明るいのに替えましょう」と提案されたのだそう。「どうして分かるの!?とびっくりしました。きっと打ち合わせを重ねる間に、私たちの好みを深く理解してくれていたのだと思います」

 

言葉で細かくリクエストしなくても、対話を通してベストな回答を導き出してくれた関本さん。家づくりではよく「自分たちの要望をすべて叶えてもらいました」という言葉を耳にしますが、Fさんが経験した家づくりはそれ以上のものでした。Fさん一家の人柄や暮らしぶり、敷地のメリットとデメリット、予算などを総合して、1つの最適なプランが生まれる――建築家との家づくりの魅力が詰め込まれたストーリーでした。

 

奥様のご希望で一室設けた畳のお部屋は、息子さん2人も大のお気に入り。いつも言葉巧みにこの部屋に誘われて、チャンバラよろしく戦いを挑んでくる子どもたちは、本能的に畳の上で戦うのは良い感じだと悟っているようです。Fさんも必死に応戦(笑)

将来2部屋に分けてもいいな、という計画も持ち家ならでは。今は2人のおもちゃ部屋。素晴らしいバランスでボールに立ったお兄ちゃんを、すかさず弟君がおもちゃのカメラでパチリ。

Q 土地探しはどのように行いましたか?

夫は少し個性のある敷地、妻はごく普通の住宅地と、2人の理想の条件が違っていたので、なかなか決まりませんでした。関本さんからは「行ってみてザワザワした不安な気持ちにならない土地がいいですよ」とアドバイスが。言われてみれば、それまで決めかねた土地にはそういう直感が働いていたのだと思います。この土地を訪れたときは夫婦2人で「ここしかない!」と意見が一致して、1時間後には契約申し込み。関本さんも「いい土地ですね」と太鼓判を押してくださり、すぐに設計のイメージが湧いている様子でした。

 

Q 家づくり中の思い出深いエピソードは?

図面を見ながら打ち合わせをしていた時、2階のトイレがないことに気づいて、思い切ってリクエストしてみたんです。そうしたら関本さんが「そうですね、ではこれでどうでしょう」と、2階の平面図にちょこっと四角を描き足して、それがそのまま完成形に。だからわが家の2階はトイレだけ張り出しているんです。すべてを整えすぎず、ちょっと不思議な場所を作る、そんなところが関本さんらしい。アアルトもそういう人だったみたいで、共通するものを感じました。

Q 工務店について教えてください

とにかく丁寧に施工してくださった印象です。棟梁も職人さんたちも多くを語らないので、関本さんが現場で「中山建設さんの激渋ポイント教えますね」と解説してくれたことも。断熱テープの貼り方や、金具1つ1つに結露を防ぐウレタン断熱材を吹き付けていたり、建具の内側にも断熱材が入っていることなど、私たちでは気づかない点ばかり。こんなに丁寧に作ってもらったのだから、私たちも丁寧に暮らそう、と改めて感じました。

 

Q 新居で特にお気に入りの場所は?

奥様:ちょっと奥まった雰囲気で、壁にも天井にも木をたっぷり使ったリビング。特にソファの隅にいると“こもり感”があり、落ちついてリラックスできます。

ご主人:2階の寝室。畳敷きで倒れても痛くないせいか、子どもたちがここで戦いごっこをするのが大好きなんです。私のことも言葉巧みに誘って、いつもボコボコに(笑)。夜は一転して間接照明の落ちついた空間になり、ゆったり休めます。コーナーに置いたデスクはテレワークに活躍していますし、どう使っても居心地のいい部屋なんですよ。

 

Q 建築家との家づくりを検討している人にアドバイスを

周囲に前例がなかったので、最初は私たちも迷いました。普通の会社員の家も引き受けてくれるのかな、建築の知識がなくても大丈夫かな…と。でも実際に会って話をしてみると、建築家に対して先入観を持っていたことが分かり、イメージががらりと変わりました。もちろん建築家さんもタイプはさまざまですが、「とりあえず話を聞いてみよう」からスタートしてもいいと思います。会ってみると相手の人柄も、自分たちと波長が合うかどうかも分かるはず。そこで「この人にお願いしたい!」と思えたら、その人が理想のパートナーになるのでは。

 

 

取材後記

言葉を丁寧に選びながら、落ちついた口調で家づくりについて語ってくださったFさん夫妻。飾りすぎず、親しみと知性がともに感じられるお人柄は、そのままFさんの新居の雰囲気。このご家族にこの家あり、を実感させてくれる取材でした。(ライター・後藤)

Fさんのお家にお邪魔してまず感じたのは「気取らないナチュラルさ」でした。家じゅうの隅々に目が行き届き、素肌にサラサラのコットンシャツを着るような気持ちよさ。お話を聴くうちに「こう作りたい!」ではなく「関本さんへ惜しみないリスペクトと信頼」によって生まれた空間だと分かりました。良い住まいが生まれるところには、やはり人との良縁があるのだなぁとしみじみ心に沁みる、優しい住まいでした。Fさん、リオタデザインさま、ありがとうございました。(編集:森本)

撮影:ササキトモヒロ