木の温もりが満ちる屋内に足を踏み入れると、カラフルな5色に塗られたLDKの壁、そしてリビングから緑の庭へ抜けていく爽快な眺めに目を奪われます。黄色に塗られたキッチンの窓には、アメリカから取り寄せたアンダーセンの木枠の窓。「キッチンの窓からこの景色が眺められるように」と奥様がこだわった窓は、周囲の緑を美しく切り取ります。そのほかにも、キッチン脇の木の開き戸、ウッドシャッター、竹の照明シェード、寝室の畳など、数え始めればこだわりは尽きることがありません。庭には、ハーブ畑も作られ、そこかしこからKさん一家が満足して暮らしている姿がうかがえます。
「今の暮らしは“毎日楽しい”の一言。周囲にいすみが大好きで移住してきた人がたくさんいて、すごく気が合うんです」と奥様が言えば、「週一でお母さんの新しい友達が家に遊びに来るよね」と長男くんもうなずきます。
特に、いすみ市に越してきてから長男くんは興味を持つものが自然と変わっていったと言います。東京にいる時は本を読んだりするのがメインで、知識としての勉強が多かったのですが、いすみに来てから本物の生き物や自然と出会い、体験に変わりました。今は道の駅で安く売られている新鮮な魚を買っては捌くのが面白いと言います。「最近じゃ友人が魚を持ってきてくれて、それをさばくのが長男の趣味です。お寿司も握ってくれるんですよ! ここの友人たちがハーブのこと、庭のこと、ウッドデッキを作ってくれる大工さんのことも教えてくれて、生活すべてが人とのつながりでできてるんじゃないかな。どんどん世界が広がっていく。最高です」。
現在、ご主人は1時間半かけて電車通勤。一方、奥様は1年前まで都内に通勤していたものの、今は市内でお勤めをしているといいます。
インタビューの間、奥様と長男くんが口を揃えて言ったのは、『いすみでこの家が建ったのは絶対にパパのお陰。パパは本当にすごい。』
Story
009
千葉県いすみ市 K邸外房の自然と人に恵まれて暮らす 移住xリフォームの物語
ぴかぴかの青空と太陽、そして深呼吸したくなる空気。海と山に恵まれた外房のいすみ市は、多くのリゾートを有するだけでなく、移住支援にも力を入れている自治体です。
そのいすみへ移住を決めたKさん一家は、建築家・八代国彦さんと共に築30年の平屋をリフォーム。2年ほど前から新たな暮らしをスタートさせました。
毎日楽しくて最高! いすみで始めた新しい暮らし
緑の木々の合い間へとカーブしながら入り込む、細い道の先にKさん家族の住まいはありました。
ベージュの外壁の平屋には、キッチン、ダイニング、リビング、寝室の和室、子ども部屋にお籠り部屋の3LDK。
Kさん一家のわくわくと建築家・八代国彦さんの工夫がいっぱい詰まった住まいは、愛嬌たっぷりの表情でいすみの緑の中に居心地よさそうに収まっています。
都心からいすみ市へ。東京では起こらなかった暮らしの変化
リビングには薪ストーブ。「いすみで、薪ストーブの幸せを知ってしまった」と語るご主人がお世話係。
ある日突然、おこずかいで魚を買ってきて、動画を見ながら魚を捌くようになった長男君。小学生とは思えない船盛りの出来にご両親もびっくり!
星空、焚き火、薪ストーブ、ブルーベリー摘み・・。本当に望んでいる生活のあるいすみへ
2年前まで江戸川区に住んでいたというK一家。いすみへの移住を決めた、その理由とは?
「当時住んでいた近所にあるお店で扱うオーガニック野菜がめちゃくちゃおいしくて。その野菜がいすみで作られていると知って、遊びに行くようになりました。
宿泊先のコテージで出会ったおじさんが、ブルーベリー摘みや焚火、薪ストーブを教えてくれました。そして、夜は星空を眺めながら、きれいだね、静かだね、いいね、と話しながら眠りにつく。最初は1泊だった滞在がだんだん長くなるにつれて、こういう生活こそ私たちが本当に望んでいたものなんじゃないかな、と思うようになりました。夫は、通勤できればいいよと(笑)」と奥様。その後、実際にいすみに1カ月滞在するという検証実験を通して、移住を決心しました。
ところが、そこから実際に家を購入するまでになんと3年かかったといいます。
「始めは、不動産屋さんに紹介してもらっていましたが、なかなかイメージが伝わらない。最終的には、インターネットで探しながら自分たちで物件を見て回りました。物件をたくさん見るうちに、自分たちの望む条件もわかってきて。山に隣接していない、竹があるとうれしい、広い庭が欲しい、車通りは少なめ、見通しがいい、という感じです。そして、この場所を訪れた時、足を踏み入れた一歩で、ココだ!と思ったんです」。
そして、ここでどう暮らしたいかを考えたら、すぐに“あるべき家“のイメージが降りてきたという奥様。理想の暮らしを実現させるための家づくりが始まりました。
男同士、庭でお茶を楽しんだり
久しぶりだね(笑)といいながら、楽しそうにセッションをはじめるKご夫妻
“あるべき家”を現実のものとする、建築家・八代先生との出会い
K一家の“あるべき家”を実現させるためのパートナーとなったのは、やしろ設計室の八代先生。
大手ハウスメーカーを巡ってもぴんと来なかったという奥様は、「インターネットで【いすみ 建築】で調べたんです。そしたら、八代先生が以前いすみで手掛けた家が出てきた。先生の家は木の温かさがあって、ほんとによかったんです! しかも、初顔合わせのときから、わたしの家に対するイメージを、どこまでも何時間も延々と聞いてくれて(笑)。」と振り返ります。
奥様曰はく、「ずーっと話してたら、八代先生がぽろっと『面白そうだねー』って言ったんです。それで、私と同じように面白い!と思ってくれる人にならお願いしたい!と思ったんです。ちなみにハウスメーカーに行ったときは、そもそもこんな夢のような話をできる雰囲気にもならなくて、この私が口を閉ざして帰ってきました(笑)」
一方、八代先生は「この人、何言い出すのかなと思ってずーっと聞いてました(笑)。だんだん楽しくなっちゃってね」とにこにこと応えます。その瞬間こそが、Kさん家族と八代先生の家づくりの始まりでした。
雑誌からイメージに近い写真を切り抜いて作ったスクラップブックを打ち合わせに持参した、という奥様。「アメリカやヨーロッパのような家にしたい」というKさんの希望は、八代先生がこれまで手掛けてきた自然素材を活かしたシンプルな家とは趣を異にするものでした。
「ほんとに僕でいいのかな?って(笑)。リフォームもほとんどやらないし、新しいものに節操なく手を出すタイプじゃないんです。普段使う床材は杉。着色もしない。でも、K邸はパイン材を使って着色もしました。Kさんのイメージを具現化するために、今までやったことないこともたくさんやって、使ったことのないアイテムも使って、勉強もいっぱいしました」と八代先生。
大工さんに「ほんとにこの色でいいんですか?」と驚かれたカラフルな壁の色も、「緑も青も黄色もピンクも、ってKさんからたくさん提案された色を、色調を整えることですべて馴染ませました」。建築家って、施主の希望を聞いて、それを整理して調整する仕事なんだね、と八代先生は笑います。
また、築30年近い建物なので、耐震性は低く断熱もほとんどされていない状態。耐震診断をし、壁や柱の要不要、追加したい壁や柱などを整理した結果、耐震性は約3倍になった上、のびのびとしたLDKへと生まれ変わりました。外房の冬はかなり寒く、断熱はしっかりやろう!ということで、断熱気密工事もしっかりと施し、強度と温熱環境を担保しました。
奥様の強い要望で採用されたキッチン脇の開き戸。リゾート風を演出する為、デザイン・ビジュアルにこだわりぬいて選んだ一品。
Kさん家族が命名した『籠もり部屋(こもりべや)』。窓や棚位置を低めにして、なんとなく一人で籠りたい時、ホッとする空間になるように設計されている。あまりの居心地の良さで仕事の集中効果が高く、家族で争奪戦が起きることも(笑)
“どう暮らすか”が家づくりの土台! 個性と多様性をかなえる建築家との家づくり
奥様にとって、ハウスメーカーの家は、規格化され大量生産されたよく売れるであろう商品という印象だったといいます。
「でも、私にとって家は、人と同じように、いろんな個性があって、いろんな暮らし方があるもの。“どんな暮らしがしたいか”が最初にあって、“どんな家が欲しいか”となるはずですよね。その多様性に応えてくれるのが、建築家なんだって思いました」。
「家は住む人のためのものです。どういう生活をしたいかわからなければ、何の提案もできません。だから、僕はずっとお話を聞いていたんです。建築の話だけじゃなくて、その家でどんな風に暮らしたいとか…」「永遠に話してましたよね(笑)」と八代先生とご主人は顔を見合わせます。
「八代先生は、わたしの頭の中にあった家を現実にしてくれた。家を作るってことは、わたしの望み通りに、大工さんが建てさえすえば満足な家ができるのかと言えばたぶんそうじゃないですよね。八代先生が、私の要望を聞いて、調整して、実現してくれました。家づくりはすごく大変だったけれど、すごく楽しかったです」と振り返る奥様に、「そうそう!家づくりは楽しまないと!僕も楽しんじゃおうと思いました」という八代先生。
Kさん家族全員と八代先生が楽しみながら作った家の中には、その幸せな気持ちがそのままにたっぷりと詰まっていました。
大好きな小物いっぱいの明るい玄関
北向きの灯りがちょうどよい寝室で、ゴロン。
KさんにQ&A
Q:「入れてよかった」一番の設備を教えてください。
薪ストーブです! ほんとにいいです。まず、暖かさが心地いい。電気を使った暖房機とは全く違う暖まり具合なんです。暖かさがだんだん体に染みてくるというか、全身がぽかぽかしてきます。あとは、炎を眺める心地よさ。炎がなんともいえない色に変わって、青くなったり赤くなったり。それに想像もできないような動きをするので、いつまでも眺めていられます。火はほんとうに美しい。その表情に魅せられています。燃えるときの音もいいんですよね。(ご主人)
Q: お気に入りの場所は?
「1つになんて決められない!(笑)」
その1:籠もり部屋
籠もりたい家族なんです(笑)。一人でしみじみする小さな空間が欲しい。最初は、八代先生も工務店さんも「籠もり部屋ってなんのこと?」とびっくりしていましたが、「引きこもりたいんです」と。もともとは物置だったスペースで、天井が低くしか取れなかったのもかえってよくて、天井のカーブがなんとも落ち着くいい部屋になりました。座った目線に窓があって、外を眺められるのもいい。ここで仕事をするとすごく集中できます。オンラインミーティングにもとても便利。この小ささがいいんです。(奥様)
その2:玄関からテラスの外まで続く風景
帰宅して、玄関から見えるダイニング、リビング、テラス、そして、その外の風景まで含めた景色が最高です。景色の抜け感と開放感がとても気にいっています。庭のその先の方には奥さんの好きな竹林です。玄関からテラスまでの道筋には物を置かないように、家族にいつも頼んでいます(笑)。(ご主人)
その3:リビングの丸テーブル
リビングスペースに据え付けの円いテーブルを作ってもらいました。ここにパソコンを置いて集中すると、「神の啓示」的にアイデアが降りてくるんです(笑)。最初は、掘りごたつ的な高さを希望していましたが、構造的な都合で普通のテーブルの高さに。でも、落ち着くスペースにしてもらえて、いつも座っていますね。(奥様)
その4:子ども部屋
もともと一間幅だった縁側の細長いスペースを、そのまま子ども部屋へ改装してもらいました。幅が狭く奥行きのあるスペースが意外と居心地が良いようで、子どももとても気に入っています。(ご主人)
その5:ウッドシャッター
「こういうの好きでしょ?」って、八代先生が探して紹介してくれたナニックジャパンのウッドシャッターです。可動式ルーバーなので、羽の傾け方次第で光の入り具合が調整できるんです。(奥様)
その6:竹の照明シェード
キッチンカウンターの上に設置したシェードは、竹製のオーダーメイド。かなり細かな注文を出して作ってもらいましたが、そのおかげで大満足の仕上がりになりました。竹が好きで、自分で竹細工の籠などを作ることもあります。(奥様)
その7:キッチン脇の開き戸
引き戸がすでにあったのですが、その内側にあえて木枠の開き戸をダブルでつけてもらいました。このスペースにはこういう扉が必要!という閃きが降りてきたので(笑)。金色の取っ手もこだわって、何十種類もカタログからチェックしました。今ついているのは、「真鍮のような色で変色しなさそう」とようやく八代先生に合格をもらったものです。(奥様)
Q:建築士に頼むメリットは?
建築士さんに仕事を頼むメリットの一つに、施工する工務店も探してくれることです。八代先生の紹介してくれた工務店さんは、ほんとに丁寧で素晴らしい仕事をしてくれました。思ったより時間がかかりましたが(笑)、先々のことまで考えると、焦っていい加減なものになってしまうより、結果的によかったと思います。人柄も技術もすばらしかったうえに、八代先生が紹介してくれた工務店だから絶対大丈夫、という安心感がありましたね。(ご主人)
Q:「さすが八代先生!」と感じたエピソード
最初は南向きの部屋をリビングにしたかったんです。太陽の光を浴びたいタイプで(笑)。だから、いま寝室がある場所にリビングをと希望したものの、水回りの場所の関係で難しかった。でも、八代先生が「北っていい光が入るんだよ」「十分な光が入るよ」と説明してくれたので、それなら!と今の間取りで進めました。実際、想像していたよりも明るい光が入り、眺望も楽しめて、ちょうどよかった。さすがプロです。(奥様)
取材後記
玄関のあたりからすでに、「…ここにはなにか楽しそうなことがありそうだぞ」という空気を漂わせるK一家。いすみというロケーション、そしてこの家を愛し楽しみながら暮らしている様子が素敵でした。Kさん家族ならではのこだわり・個性・多様性を八代先生が実現した理想の住まい。家とは、人そのものを映すものだと、改めて実感しました。(ライター 永井)
取材の日、玄関の扉を開けてもらった瞬間からKさん3人家族の圧倒的なエネルギーと家族仲の良さに心を奪われました。家族のそれぞれが、それぞれの視点で家と暮らしに対する変化をはっきりと感じ、楽しんでいる事こそが、毎日の暮らしの活力なんだなぁと心の底から思える住まいでした。そしていすみという土地の持つ魅力も。K様、やしろ設計室様、ありがとうございました。(編集:森本)
撮影:ササキトモヒロ