プロの住宅レシピ 住宅街における のびやかな私的空間
隣家が迫る住宅街のなかで、プライバシーを確保しつつ、開放感のある空間をどう実現するか──
その問いに、この住まいは3棟構成という明快な構成で応えた事例。
キッチン棟・リビング棟・水廻り棟を並列に配置することで、真ん中に位置するリビング棟のプライバシーを守るため、東西の隣家との距離を確保しながら、南北には風と光が抜ける快適な動線が設けられている。
中心のリビング・ダイニングは、キッチン棟・水廻り棟、そして上階に包まれ、いわば守られるようにしてつくられた“穏やかな場所”。床や天井の目地が視線を導き、素材の切り替えやアーチの先に見える明るいトーンが、空間に奥行きと広がりをもたらす。玄関へと続く左右の小さな抜けも、空間を視覚的に開放する“余白”として機能する。靴棚は裏側から見るとリビングの象徴的な黒板となり、機能と表情を併せ持つ構成だ。そっとはりめぐらされた“さりげない”設計の妙が息づく。
各所に設けられたアーチの開口は、視線と心理のコントロールに一役買う。
丸みを帯びた曲線は、ただの通路ではなく「くぐる」という動作によって場面が緩やかに切り替わる感覚をつくり、日々の暮らしにリズムを生み出している。
メインのダイニングテーブルに接する大きな黒板は、マグネットボードを用いて造作した。小さな子どもたちが触っても大丈夫なように、自然素材で優しい塗料を選んで塗ったというその壁は、きっと時間とともに絵や写真、あるいは家族同士の伝言板のように呼応するだろう。
細部に宿るそうした工夫こそが、「心地よさは、気づかれないくらい静かにあるべき」という設計思想で、鳥居さんが図面に"見えない線"で引いた、心づかいの1つのカタチ。
都市部における“私的なゆとり”のあり方の1つを、静かに提案する。
写真:植村崇史写真事務所 植村崇史